ガタン、ゴトン――――――
一瞬にして走り去る銀色の車体にオレンジ色が反射する。
いつまでも耳に残る音の波は、どこか遠く、心の中に浸透した。



 division



この時が終わるのを、心のどこかで拒んでいる。

ガタン、ゴトン・・・
先に見える踏切から、列車の通る音が聞こえてきていた。
宍戸は訳もなく横を振り返り、目に止まった緑に気を移す振りをして、その音から意識を離した。
風に乗って、聞こえてくる金属音に無意識に期待をして、タイミングを計ってしまう自分が嫌だった。
「宍戸さん?」
宍戸の振り向いた方向とは反対側を歩いていた後輩が訝しげに声をかける。
いつもの帰り道。
そう言える程、宍戸はこの後輩と帰り道を共にしていた。

「・・・・何でもねぇよ」

宍戸は心持ち緩めていた歩調を意識して普段通りに戻す。
踏切が近づいている。
足早に通り過ぎようと足を動かしながら、黄色と黒に彩られたそれに行く手を遮られることを望んでい るなど、この後輩に言えるはずもなかった。
あと何度こうしてこの後輩と帰り道を共に出来るだろう。
その考えが、彼の歩調を緩めようとする。部活の疲れだけではなく重くなった足取りを、宍戸は気づか ない振りをして強引に動かした。
途中で分かれ道に差し掛かる二人の帰り道は、踏切を渡ってすぐに進む道を別とする。そのためこの踏 切自体が境界線となっていた。

「宍戸さんは、この踏切が嫌いなんですか?」
「は?」
突然降ってきた言葉に、宍戸は間抜けな声を出した。
「ここ、」
「?」
長い指が、夕焼けを吸い込んで赤く燃える銀色の髪を掻き分ける。後輩は自分の眉間を指したまま宍戸 に微笑んだ。

「シワが寄ってますよ」

宍戸は目を見開いた。
「気づいてませんでしたか?」
柔らかく尋ねる後輩から、宍戸は目を逸らした。気づかれた驚きと、気恥ずかしさと。
後輩は宍戸のその態度に確信したらしく、歩調を緩めると脇道へと目を向ける。柔らかく細められた瞳 が夕日のオレンジを弾く。色素の薄い瞳に、夕日の光は不思議な色合いを作り出した。
同じようにオレンジ色の光を弾きながら宍戸は足を止めた後輩を振り向く。
「そんなにこの踏切が苦手なら・・・」
後輩は理由を尋ねることもせずに打開策を打ち出した。

「遠回りして帰りましょうか?」

宍戸は目を細めた。目の前の夕日が眩しかったからだ。目の前にかもされた後輩の横顔に見とれたのだ という考えはすぐに頭から追い出した。
「宍戸さん?」
「・・・」
口を開きかけて閉じる。
閉じた瞳にはオレンジの光に照らされた銀色が焼き付いていた。
今ここで踏み切りを避けても、道は何処までも平行には続いていないのだ。いつかは通らなければなら ないそれは、彼と自分の境界線そのものにも似ていた。
今、自分はその境界線すらも遠回りしようとしているのだろうか。
「いや、いいや」
逡巡してから宍戸は緩く被りを振った。
オレンジ色の光が徐々に訪れた夜の色と交じり合っていく。オレンジと紫と濃紺と、淡いグラデーショ ンに彩られた空には幾つかの星が煌いていた。陽が沈む。その最後の光が完全に消えてしまう前に、こ こから出ようと思った。

「あ、宍戸さんっ」

歩き出した宍戸を追うように後輩は足を踏み出した。
「どうして、この踏切が嫌いなんですか?」
追いついた後輩が不思議そうに首を傾げる。
宍戸はどうしても後輩の背負う夕日が眩しくて目を細めた。
踏切が嫌いな訳ではない。
けれど理由を言葉にすることは出来なくて宍戸は曖昧に微笑んだ。
「何でだろうな」
暑い日差しの中、たった一つのボールを追いかけていた夏は終わった。
陽が傾くのも早くなった。風が冷たいと感じるのは、季節のせいだけではないだろうけど。

「・・・夏が終わったからだ」
「え?」

小さな言葉は後輩には届かなかった。
望んでいた音が、宍戸の声を掻き消したから。

カンカンカン・・・
バーを落とす前の音はどこか警報のようだ。
その境界を乗り越えようとする者に、遮断の意味を乗せて。

伝えることぐらいは許されるのだろうか。
遠くから近づく車体を見つめたまま、宍戸は緩く握り締めていた拳に力を込めた。
らしくねぇの。
それでも逸る心臓は、普段より高い音を立てた。
「この踏切が嫌いな理由、教えてやろうか」
「はい」
見上げて笑いかけた先で、後輩は僅かな好奇心を秘めた瞳で宍戸を見返した。
結局抜かされたままの身長。
その背を見上げたまま、宍戸は口を開いた。
「何か、この踏み切り見てると自分の弱いところを認めちまいそうになるんだ」
「宍戸さんの、弱いところですか・・・?」
後輩と別れなければならないことを。
否応なしに自覚して、無意識に避けようとしている。夏が過ぎたから。本当の終わりが近づいているか ら。
「俺はもっと強いと思ってたんだけどな」
「・・・宍戸さんは強いですよ」
後輩が、夕日を見ている訳でもないのに眩しそうに眼を細めるから、宍戸はたまらずに瞳を逸らした。
群青色に染まり始めた空は、きっとこの顔の火照りを隠してはくれない。
きっとこれから、もっと弱くなる。
その自覚は、確かな気がして。けれどもそれに、やっぱり打ち勝ちたかった。
「俺が弱くなったのはな」
きっと、聞こえない。車体はすぐそこまで来ていた。
それでも、一度くらい言っておきたかったのだ。
強く、なるために。

ガタン、ゴトン
最後の夕日を反射して、銀色の車体が滑り込む。
身体ごと揺さぶるような音は、どこか自分の心音に似ていた。
煩い位の音は自分の心音と同調して、外界を静寂に包み込む。だからこそ、宍戸は酷く落ち着いてその 騒音の中で唇を動かした。
瞳は、移り行く車体に映った銀髪の少年を真っ直ぐに見ていた。
ぼやけたその像は、視線を結ぶことすら叶わない。
けれども確かに彼に向かって、宍戸は言葉を紡いだ。

「お前が好きだからだよ」

届くことのない、言葉。
ぶつかって辺りを振るわせる列車の音にそれは溶け込んだ。












ちょっとだけ切なめ目指して。
私の中の二人は絶対にくっつくので、切なくといってもこの程度。
もちろんこの時点で長太郎も宍戸さんが好きです(自覚がないだけ!)








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