鳳宍(+忍岳)ver
「あ〜、お前。にやけすぎ」
「え?俺笑ってましたか?」
口元が緩みそうになってた自覚はあったが、隠すことも出来てると思っていた鳳は宍戸の言葉に
バツの悪そうな顔をした。
「笑ってたっつうか、にやけてたんだよ馬鹿。恥ずかしいだろ朝の通学路で」
「・・・すみません」
朝の通学路。朝練のために随分と早い時間ではあるが、人通りがない訳ではない。
先程降りた電車でさえ、空いているとはいっても座れるほどではなかった。
「何かいいことあったか?」
「え〜と、まぁ」
「ふーん。そーか、そーか。大好きな先輩に朝の通学路で“偶然”会えてそんなに嬉しいか」
「えっ?あ、そうですね」
鳳の声に動揺と、宍戸の目に剣呑さが混じる。
「何だよ、嬉しくないのか?」
もちろん、宍戸のそれは本気じゃない。焦っている鳳は気づいてないが、瞳の奥が笑っていた。
鳳が焦っているのは簡単。宍戸のいう“朝の偶然の出会い”が鳳の故意によって作り出されてい
るものだからだ。もちろんその事実を宍戸は知っている。
なんとなく一本早い時間に乗り合わせてしまったら、逆方向のはずの後輩と駅の改札でばったり
会ってしまった。余りに嬉しそうだったので次も同じ時間に行ったらやっぱり後輩がいて、今で
は何があろうと同じ時間の電車に乗っている。
理由の一つは「俺、今度から一つ遅めの電車で行くことにしたんだ!」と呆れる日吉に嬉しそう
に報告していたのを聞いてしまったため。きっと宍戸がその時間にいつも乗っていたと思ったの
だろう。気まぐれのつもりだったが、まぁいいかと思うことにした。おかげで鳳にとっては一本
遅れ。宍戸にとっては一本早めが彼らの今の“普通”になってしまった。
確認はしていないけれど待ち合わせしているようなもの。宍戸はそれに気が付いてからは日直が
ある前日など、帰り道に「明日は早くて」などと話題をさりげなく混ぜるようにしている。
でないと、知らないままいつもの電車で来て、落ち込むのが目に見えていたからだ。
「で、本当は何があったんだ?」
慌てる鳳を見るのも楽しいが、そちらへの興味が勝って、宍戸は仮初の追及の手を緩めた。
「たいしたことじゃないんですよ。ただ、夢見が良くて」
「夢?」
何だか鼻白んで、宍戸は切り替えした。
彼の浮かれた理由が自分と違うところにあるのは何だか気に食わない。
「そうです。あ、宍戸さんは、どんな夢見ます?」
その言葉に今朝の夢を思い出して、宍戸は開きかけた口を閉ざした。何だかこの状況で、それを
言うのは悔しい気がする。
「忘れた。で、何の夢見たんだよ」
「制服じゃなかったから多分休日なんだと思うんですけど。宍戸さんとテニスして、買い物行っ
て・・・」
「それが良い夢、か?」
ちょっと呆れた宍戸の声が鳳の言葉を遮った。
全く普通の、普段の自分達。
「はい。そうですよ」
なのに、向けられた笑顔は本当に嬉しそうで。
「ふーん」
宍戸は火照る頬を持て余して隠すようにそっぽを向いた。
何だか、先程のイラツキがいつの間にか消えて、寧ろ気分が向上している気がするのは気のせい
だろうか。
「でも、宍戸さんは夢見ないんですね」
「・・・・・・」
「宍戸さん?」
「・・・・・・だよっ」
ぼそりと呟いた声は、宍戸がそっぽを向いていたせいで鳳には届かなかった。
「え?」
「今日見た夢、お前とほとんど同じだよ!」
くそ!という声と共に宍戸が赤くなった顔を勢いよく鳳に向けた。
鳳は余りのことに再びにやけてしまった顔を隠すことも出来ずに硬直する。そんな鳳を軽くこず
いて、宍戸は勢いのままに口を開いた。
「今度の週末!部活ないからな。どこか行くぞ!!」
「え・・・」
「どこまで俺の夢と同じか確かめてやる!」
「・・・はいっ!」
理由は滅茶苦茶だったけれど、言葉の意味を理解した途端嬉しさがこみ上げて鳳は笑顔で頷いた。
「楽しみですね」
何故だか素直に返事をするのが悔しくて、宍戸は曖昧に頷く。
「あ〜。夢にかまけて寝坊するなよ」
「え?」
だから、これは宍戸なりの切り返し。
「寝癖。そこまで慌てて電車乗らなくても、学校間に合うだろうに」
宍戸が意地悪げな笑みで鳳の横髪を指差した。所々跳ねた髪を触って確認し、鳳の頬が赤く染まる。
もちろん、学校云々ではなく、宍戸の乗る電車が来るまでに、と全力疾走して来た鳳はどう反応
して良いか分からず、ますますその頬を紅潮させるだけだった。
そんな二人の少し後を歩く影が二つ。
一応声をかけようとしたのだが、二人が入り込める雰囲気ではなくて。仕方なく会話が聞こえる
ポジションをキープしたまま、前を行く二人が気が付くの待っている忍足と岳人だ。
忍足は呆れたように呟いた。
「朝からアッツイなぁ。宍戸も、鳳があの時間に来ないと機嫌悪くなるくせによう言うわ。ああ、
そや!俺も夢に見たで、がっくんのこと。」
何かを期待したように忍足は隣を振り返った。そんな忍足をちょっと上目遣いで見て、岳人は視
線を空へ投げる。
「へぇ、そう。俺は空を飛ぶ夢だったけど」
ラブロマンス的妄想はその瞬間一気に砕けた。
そんないつまでも空に憧れる無垢な彼が可愛いんだと、忍足は心中で空しく呟き+肩をこっそり
落とす。
「あ〜、がっくんの愛が感じられへんわ」
そんな忍足を追い越すように、岳人は一歩前へ出る。
恥ずかしさからか、自然次の言葉は早口になる。
「侑士の夢は見なかったけどさ。でも、だ
からこそ今日は早く侑士に会いたかったんだけど」
「え?」
「そっかー。侑士は夢の俺に会えただけで満足か〜」
「
そ、そんなことないで!」
意味を理解して慌てて追いつく忍足に、岳人はいたずらっ子の笑みを向けた。少し頬が紅潮して
いるのは仕方のないこと。
「なんてね。今日侑士早く来てくれたでしょ?おかげで宍戸達にも会っちゃったけどさ。いつも
より早く会えて、俺ってば結構満足だったり!」
「岳人・・・」
「気分がいいから、学校で桃ジュースを奢られてやろう!」
照れ隠しにつけた台詞に、忍足は笑みを浮かべた。こちらも充分ばかっぷる。
「はいはい。俺も気分がいいから喜んで奢らせてもらいます」
代わりに今日新作のお菓子持ってきたから侑士にも分けてあげるね。などと会話を続けながら、
4人は周りを気にすることもなく、残り少ない学校までの道を歩いていった。
そのさらに後方。抜き去ることも無視することもできずに困惑しながら彼らの後から学校へ向か
う氷帝生徒と、運悪く居合わせてしまったことを心底呪うキノコ頭の二年生がいたことを、彼ら
は知らない。
→close←
跡ジロver
「跡部・・・っ!」
声と同時に部室のドアが凄い勢いで開いた。
たまたまそこにいたのは俺一人。
「ジロー、何があった?」
「・・・・・・」
ジローは俺を見てほっとしたのか、泣きそうな顔をして。
そうして、きょろりと周りを見回す。
「ね、跡部、ちょっとこっち来て?」
指し示したのは、ジローお気に入りのソファー。
「で、どうした?」
余りにも真剣な顔をして俺を呼ぶから、心配して尋ねたのに。
その答えは。
「怖い夢見た!」
だった。
「は?」
「だから!怖い夢、見たの!!」
そう言って、ソファーに腰掛けた俺の膝にぱたりと倒れこむ。
「・・・ジロー」
「・・・だって。怖かったんだもん。だから跡部のとこでいい夢見直すの」
「・・・」
「絶対、いい夢見られるんだから・・・」
お休み、そう言って目を閉じたジローは、すぐに幸せそうな寝息を立て始めた。
そこまで、ジローが来てから僅か5分間の出来事。
俺は安眠枕か・・・?
「・・・・・・」
次回の遠征のために必要な書類があと少しで終わるはずだったのにとか、早く終わらせて
帰りに図書館へ寄るつもりだったとか、あまつさえその図書館があと30分で閉まってしま
うだとか、考えたことも言いたいこともたくさんあったのだけど。
「・・・・・・」
膝の上でふわふわ揺れるひよこ色の髪が何だか暖かくて、緩くだけれどしっかりと俺の
制服を握った手を解くなどとうてい俺には出来そうもなかった。
それに、覗き込んだ寝顔が余りにも幸せそうだったから。
ジローに幸せな夢を見せることができるなら、とまで思ってしまって。
「・・・風邪だけは引くなよ」
結局、言えたのはその一言。
起こす気もなく呟かれたそれはひどく小さく空気に溶けて。
背もたれがある場所で良かったと思いながら、脱いだブレザーをジローへと被せ、俺は
ゆっくりと目を閉じた。
確かに、いい夢は見られるかもな。
軟らかなひよこ色の髪に指を絡ませながら、最後に思ったのはそんなことで。
すぐに柔らかな寝息が二つ、室内を満たした。
君の側で、それが何よりの条件。
おやすみ。良い夢を。
→close←
大菊ver
「大石」
「ん?何?」
「呼んでみただけ〜」
「・・・英二」
「う?」
「呼んでみただけ、だよ」
「ふ〜ん、呼んでみただけ、ね」
「そう。呼んでみただけ」
「大石。大石。大石!」
「英二。英二。英二」
ただ今バカップル警報発令中。
横で見守りながらも笑顔な不二様はにっこりと更に笑みを深めた。
「あ〜、もう埋めちゃいたいな、そこのバカップルv」
ただ今部長は生徒会の会議中。
テニスコートに漂うピンクのオーラと、笑顔の向こうのどす黒いオーラ。
テニス部内警戒警報はLv.9まで一気に上がった。
目と耳をそむけ、ただ耐えるしかない青学テニス部員は心の中で悲鳴をあげる。
空の青さが身にしみる、そんな日常の、悪夢。
もちろん、天才だろうと天災だろうと、止められる者などいる訳もなく。
渦中にありながら自覚0の副部長は、部長の抜けた穴を埋めるために
今日も元気に号令をかけた。
「手塚、まだ会議の方が終わらないみたいだから、先に始めるか」
「そだね。大石。今日の練習メニューは?」
流石に部員の前ではピンクのオーラもその色を薄めたかに見えた。
「最初はダブルス強化だな。1面は俺達、2面は不二&タカさんが固定で相手
をするから、乾のデータを元にダブルス組んで順番に当たってきてもらう。」
「それって、俺達はずっと1面で試合ってこと?」
「そういうことだな」
「おーし!俺ってば今日絶好調なんだよね♪どんな奴でもかかって来〜い!!」
「こら、英二はしゃぎ過ぎだって・・・」
「だって、ずっと大石と一緒でしょ?負ける気ないし!!」
「!英二・・・」
「大石・・・」
・・・やっぱり部員の前だろうと何だろうと、ピンクのオーラが薄まる訳はなかった。
「・・・そのデータは取り飽きた。さっさと試合を始めよう。ほら、不二!
呪詛は後にしてくれ。大石・菊丸もいちゃつくなら試合に勝ったらにしろ。
今回ももちろん敗者にはアレがあるから気を抜くなよ」
アレ。言わずももがな、乾特性ほにゃらら汁。今回はとっても素敵なピンク色。
先程のオーラのように胃もたれするほど甘くはないだろうけど、危険度は
どっこいどっこい。致死率は多分こちらが勝るだろう。
「ノープロブレム!今日は汁の刑にはならないもんね!不二も負けるなよ〜」
「ふふっ。今日は僕も負ける気がしないんだ。アレは相手に全部飲んでもらうよ、
全部、ね。」
やっと楽しくなりそうv不二は黒いながらも非常にさわやかな
笑みを浮かべた。それをタカさんが、不二楽しそうだねとのほほんと笑い、
我らが黄金コンビはすでにお互いしか見ていなかった。
1面では気力を根こそぎ奪われるピンクのオーラ。2面ではさわやかな笑顔ですら
隠れないどす黒いオーラが渦巻く。そしてその先に待つピンク色の液体。
・・・どちらに当たっても結果は同じだ。
運動もしていないのに嫌な汗に全身濡れながら、青学テニス部員は死刑宣告の
ごとき乾の声を待った。
頑張れ、骨は拾ってやるぞ。
悪夢はまだまだ終わりそうにない。
→close←
ディアイザver(ディア→イザ?)
「ディアッカ、貴様いい度胸だな」
「は?突然なんだよ、イザーク」
今日のイザークはご機嫌ななめ。
でも、当の俺には全く覚えがなかったりする。
ちなみにここはカフェテリア。昼食時の喧騒最中。
「俺の夢に無断で入ってくるとはな!」
「は・・・?」
これには近くで様子を窺っていたらしいラスティもミゲルも、ぽかんと口を開けた。
「貴様が出てきたせいで、今日の夢は散々だった!!」
そんな風に怒鳴られても、流石に今回は罪悪感のざの字も浮かばない。
まぁ、普段から罪悪感だの反省だのとは無縁だけれども。
これは言いがかりというものだろう、
イザーク?
とは思いながらも、俺に付けたのは溜息一つ。
だってここは喧騒最中のカフェテリア。ここでひと悶着起こして、それをそのまま
部屋まで持ち込まれたら、流石の俺も可愛そうだろう?
「そりゃ、悪かった。で、俺はお前の夢の中で一体何をやらかしたんだ?」
「最高の夢だったんだぞ!!」
貴様さえあんなことをしなければ!
イザークは息巻いた。ちょっとその言葉には傷つくよ?思っただけで口にはしないけれども。
「アスランを負かせて!」
イザークの顔が紅潮する。怒りからか、夢の内容を思い出して気分が高揚しただけなのか。
そりゃ、素晴らしいだろうさ。現実としては当分叶いそうもないけれど。
「母上と食事に出かけて!」
そりゃ良かったな。どうでもよさげに相槌を打とうとして、剣呑な目で睨まれて
表情だけは真剣
そうに引き締めた。
「それだけじゃないぞ!」
目の仇にしてるやつを負かして?大好きな母上様と食事まで出かけて。更にまだ続くの?
そりゃさぞかしアンタにとって夢のような話でしょうとも。まぁ、実際に夢なのだけど。
「好きな服を見つけて!!それなのに、そこにいたくせにお前が!!!」
わぉ、三拍子どころでなくイザークの喜びそうな状況だけが集まったものだ。それを
ぶち壊したのが俺だって?
おいおい、俺は何をやらかしたんだよ。
「わ・・・っ!」
言いかけた言葉は聞こえなかった。
正確には、俺以外にはだけど。そこまで大声で怒鳴って、突然小さい声出すなんて反則だろ。
おかげで聞き流しそうになっちゃったじゃん。
実際は、この上もなくばっちりと聞こえたのだけど。
「・・・は?」
だからこれは聞こえなかったせいではなく、聞き取った意味を理解できなかったからだ。
―――――私があんなに呼んだのに、振り向きもしなかったじゃないか!
言いかけて感情が高ぶったのか、強い瞳で睨まれて、頭が真っ白になった。
なに、それ。
フリーズしているディアッカに、イザークは怒り心頭といった風に言葉を繋げた。
それが、さらなる爆弾。
「何が私にはもう付いて行けないだ!私が嫌いだと!!
私も貴様が大っきらいだ!!!」
言うだけ言って消えていく背中にかける言葉も浮かんでこなくて。
俺は力なく机の上に突っ伏し
た。
絶対、あの銀色の女王様は自分が口走った言葉の意味を分かってないだろうけど!!
「何あれ、告白?」
ミゲルの呆れたような言葉に固まった体が脱力する。
“大嫌い”が“大好き”に聞こえたのは初めてだよ。
ミゲルの言葉を遠くで聞きながら。
はい、俺にもそう聞こえました。俺はにやける顔をテーブルの上に投げ出した腕で隠した。
呆れた、というか骨抜き?俺はというと今の台詞で見事にヤラレちゃった訳で。
何この不意打ち。
ちょっと俺ってば嬉しすぎて立ち直れないかも。
君は大勢の前で告白しました。
いつでも側にいてほしくて、夢に見るほど俺を想ってると。
→close←
エンエドver
「・・・全く、無用心だね」
闇に溶け込んだ身を滑り込ませながら、エンヴィーは呟いた。
窓は珍しく鍵がかかっていなかった、というよりは僅かとはいえ開放されていて、
カーテンも閉じていないそこからは、僅かな月明かりと夜風が忍び込んでいた。
季節は春を迎えていたが、夜は肌寒さを感じる程。そんな中で窓を開けて寝るという
のはどうなのだろうか。気配を消しているとはいえ、エンヴィーの進入にも気づかず、
反応もしない部屋の主にエンヴィーは溜息を付いた。
「おチビさん、今晩は」
一応声をかけるが、やはり返事は返ってこない。まぁ、返ってきたとしても
よりよい返事はもらえるはずがないのだから関係がないかもしれないけれど。
エンヴィーはエドワードの眠るベッドの淵へと腰を下ろした。安くも高くもない、
ランク付けするなら中の少し下程度の宿のベッドはギシリと1度小さく音を立てて
エンヴィーの見た目より軽い体重を受け止めた。
エンヴィーはエドワードを見下ろしてことりと首を傾げた。確かに目の前の少年は
ベッドの上に寝ていたが、正しくは毛布の上に何も掛けずにうつぶせになって寝て
いる。手元には栞も挟んでいない数冊の本がどこかのページを開いたまま置かれて
いた。エンヴィーは人間の体についての知識をひっぱりだす。そうして少し心配に
なった。風邪を、引かないだろうか。人間の体は不便なほど脆かった。そのことを
思い出して、毛布を手繰ろうとするが、それはエドワード自身が障害になって
叶わなかった。
1度抱き上げて布団の中に寝かせたら、流石に起きてしまうだろうか。
考えてエンヴィー
は釈然としなくなった。自分は起きているエドワードに会いに来たのだ。
なのに自分は
エドワードが起きないようにと気を使っている。その矛盾点に気が付いたからだ。
何故だろうと考えて、そして気が付いた。すーすーと規則正しく聞こえてくる、
エドワードの寝息に。ともすれば聞こえていることすら失念してしまう程儚いそれは、
何故かエンヴィーの心を暖かくした。
いや、安心というのだろうか。穏やかに続くそれを妨げたくないと思う。
エンヴィーは仕方なくエドワードの荷物から勝手にコートを漁るとふわりとそれを
エドワードにかけた。覗き込んだ寝顔は安らかで、ほんの少しだけ寂しさからか
エドワードが起きてくれることを望んだが、そのまま再びベッドの淵へと戻った。
「夢とか見てるのかなぁ」
眠るエドワードに腕を伸ばし、さらりと頬にかかる髪を掻き揚げる。太陽を映しこむ
金糸の髪は柔らかく指の間を通り抜けてさらさらと音を立てた。
自分は眠りを必要としない。休む時に瞼を閉じることはあるが、それだけだった。
闇が全てを支配する。同じ闇を抱える思考の中に自分を沈めるだけで、外界を遮断
するまでにはいたらない。だからエンヴィーはそれを眠りというのかどうかさえ
分からなかった。もちろん夢など見ようはずがない。
その点ではエドワードの弟であり鋼の身体を持つアルフォンスも似たものだとは思ったが、
彼の場合、失ってはいても過去眠りを欲し、夢も見ていたのだ。眠りを知らないエンヴィー
とは根本的に違っていた。
「夢ってどういうものなの、おチビさん」
夢を見たいと思ったことはない。所詮それは自分の意識下、または無意識下で構成された
まがい物の世界で現実ではないのだ。それが例え脳のプロセスに基づくものであっても、
自分に必要なものだとは到底思えなかった。けれど。
「おチビさんの世界の中で、俺は存在してるのかな」呟いた視線の先で、穏やかに
引き結ばれていた唇が僅かに動いた。同時に誰かを探すように僅かに彷徨った手に
冷たい指先を絡めて、エンヴィーは小さく笑った。
「おチビさん、俺はここだよ」
気付いて。そう心の中で祈りにも似た思いを零した。エドワードが呼んだのは自分
ではないかもしれない。彼が愛してやまない弟かもしれないし、あるいはエンヴィー
の存在しない世界で遠い過去の中母親に抱かれているのかもしれなかった。
それでも、彼ならば敵同士という形でなく、自分と出会う世界を夢見ることができる
のだろうか。叶わない願いだけを込めた世界を描いて、そんな世界に逃げ込める彼を
ずるいと思った。彼がどんな夢を見ているのかは分からないが、夢の中で少なくとも
彼はそれが自分が作り出した架空の絵空事だとは気付かないままなのだろう。
現実へと戻るつかの間でも、それを真実として信じられるのならどんなにいいだろうと
エンヴィーは思った。
「・・・ェ・・ヴィ・・」
「え?」
エドワードの唇から思わぬ言葉を聞いて、エンヴィーは驚きに目を見開いた。
確かに言葉を象った唇。
そしてそれは自分がただ願望を夢想しただけでないのなら、自分の名前に聞こえた。
「おチビさん・・・?」
眠る彼に言葉を落とす。
聞こえているのかいないのか、
エドワードはむずがるように繋がれたままだった
冷たい指先を握りこんだ。
「おチ・・・」
その一瞬、自分の声を聞いた彼が余りにも穏やかに笑うものだから。
エンヴィーは
ただ驚いて、言葉を紡ぎかけた自分の唇が彼と同じ笑みを浮かべていることには気
が付かなかった。
自分とは違う細い指先、染み込む体温。
「俺も、一緒に休ませて貰おうかな」
エンヴィーはベットの上、エドワードの隣りにもぐりこんだ。エドワードが小さくて
良かったと、本人が聞いたら放り出されそうなことを思って目を閉じる。
トクン。
トクン。
指先越しに自分にはない脈動が伝わる。
更に心地よい寝息を感じて、エンヴィーは目を瞑った。
きっと“眠る”ことは出来ないだろうけど。彼と同じくらい安らかな“休息”を共に。
「ああ、“眠る”って気持ちいいんだね」
エンヴィーは目を閉じた。眠ることさえ赦されないなら、せめて僅かな休息を。
一番安らげる“ここ”で。
「おやすみ、おチビさん」
目を閉じたエンヴィーは気が付かなかった。とろりとした瞳を開き、眠りの延長
いるのかひどく穏やかな顔で、目の前の彼が笑ったことを。
僅かなぬくもりと、どこか休まる胸の内を、またエドワードも感じていた。
とくん。
とくん。
自分の脈のリズムが、まるで彼というスピーカーを通して拡張されるよう。
大きいはずのそれは酷く優しく自分の心に反響する。
エドワードはふわりと笑みを浮かべた。
先程の夢の続きのような、けれども
それよりも幸せそうに。
そうして眠りの淵に再び引き込まれながら、エドワードは音もなく唇を動かした。
傍らへ“眠る”者へと。
“お や す み”
→close←