バレンタインSS(鳳宍くっつく前)
「お・お・と・り〜。先輩からの熱〜い愛のこもったチョコレートだぞ〜」
「お、鳳。いいなぁ。もてもてで!!」
教室のドアからひょこりと顔を出した宍戸に、クラスメイトが冷やかしの声をあげた。
「からかうなよ!!宍戸先輩も誕生日プレゼントチョコレートにするの止めてください!!」
「心配するな!俺だけじゃなくレギュラー全員からの連盟だぜ!!」
「なお悪いですよ!!いくらつぎ込んだんですか!!!」
目にした紙袋の大きさに鳳は眩暈を覚える。
しかも、これが初めてではないのだ。何度かこの手の嫌がらせ(と書いて愛と読む)を友人達
から受け取ってきた鳳には、笑えない冗談だった。
何が悲しくて男からチョコレートをもらわなければならないのか。
甘いものは苦手ではないが、それでも限度というものがある。
鳳だって、氷帝テニス部のレギュラーを勤めるほどの実力の持ち主だ。それなりにチョコレー
トは貰っている。・・・もちろん、女の子から、だ。
宍戸は紙袋を鳳の机に置いて、彼の席の前の椅子にどっかりと腰を下ろした。
「さぁ?跡部が盛大に出してくれたからなぁ〜♪高級チョコレート詰め合わせ!少しは喜べっ
て!!」
めったに食べられないぜ?と笑いかけられて、はぁ、と鳳が溜息をつく。
宍戸の楽しそうな様子から、大体事情は分かってしまった。
「で、今回は誰が買いに行ったんです?」
諦めたように、鳳も椅子へと座りなおした。
鳳の誕生日をダシにして、このチョコレートが買われた経過も、何となく察しが付いている。
氷帝レギュラー陣はこういったことで悪ノリするのが大好きなのだ。
きっと、何らかのゲームをして、その罰ゲームに誰かが買いに行かされたのだろう。
この時期に男がチョコレートを(しかも込んでいるだろう有名ブランドだ)大量に買いに行く
というのはかなりキツイものがある。
かくいう鳳も、以前忍足の誕生日のために日吉と男二人で某ラブロマンス映画のペア券を買い
に行かされた時は涙が出るかと思った。
しかも、指令は買いに行くだけではなく“二人で手を繋いで笑顔で”ときたもんだ。
鳳はその日、家に帰ってから10回は手を洗ったし、二度とあの場所で映画は見まいと固く誓っ
ていた。
宍戸が楽しそうに口を開く。片手に持っていたお弁当を取り出すところを見ると、ここで食べ
ていくつもりなのだろう。後輩の教室でもまったく物怖じしない性格は流石だと思う。
「あぁ。向日だよ。証拠写真も取りたかったんだけどな」
ニヤリと笑って宍戸が告げる。
「本当はもっと注文つけるつもりだったんだけどな。あの中に入っていく勇気だけでも大した
ものだって」
不憫だ。バレンタイン仕様の可愛らしい、けれども品のあるラッピングを見つめながら、鳳
は岳人に同情した。自分には、たった一人で女性のひしめくチョコレート売り場へと乗り込ん
でいく勇気はない。
「それだけ先輩の苦労がかかったチョコレートなんだ。まさか受け取り拒否なんてしないよな
??」
「ええ、しませんとも」
鳳は素直に紙袋を受け取った。友達から以前受け取った“ハート型チョコに本命v”とか描か
れたチョコレートよりは随分マシだ。・・・受け取る分には、だが。
鳳も自らのお弁当を広げながら、視線をふと宍戸のお弁当へと移す。
「ん、どした?」
「いや、おいしそうだなと思って」
宍戸のお弁当は、栄養配分だけでなく彩りも綺麗だ。
肉じゃが、ひじきのサラダ、三色野菜入り卵にブロッコリー、鶏肉の炒め煮、ご飯には紫蘇ゴ
マがかかっていた。
「ん〜、昨日の残りとか、後はレンジ使えばこんなんすぐだろ。卵に入ってるのミックス
ベジタブルだから手間かかってないし」
宍戸の言葉にびっくりして鳳は顔を上げた。
「え、まさか宍戸先輩が作ったんですか!?」
「今日はたまたま、な。朝練の鍵当番だったから。さすがに親起こすわけにいかないし」
「凄いですね」
「そんなに褒めても何も出ないぞ。あ、でも誕生日だもんな。ほらプレゼント」
俺からも個人的にやろう、と渡されたのは、どこにでもあるチロルチョコ。そう、またもや誕
生日プレゼントにチョコレート。
鳳は受け取るなりがくりと肩を落とした。
「宍〜戸〜先〜輩〜」
恨めしい目で見上げると、宍戸は噛み殺しかねた笑い声を、押さえた指の間から上げた。
何だかその笑顔にどきりとして、鳳は自分のお弁当へ視線を向けた。宍戸は鳳の憧れなのだ。
最近、その笑顔を見るたびに胸が高鳴る。
彼ぐらい強くなりたいという願いが段々と大きくなってきているのだろうか。受け取った小さ
なチョコレートを見つめて、これは後で大事に食べようとなんとなく思った。
視線を逸らした鳳が機嫌を損ねたかと思った宍戸は、悪い、と潔く謝った。
「どうせモテモテの鳳君はこれから昼休みもチョコレート攻撃が止まないんだろ?さっさと食
べてテニスコートへ避難しようぜ」
「全く・・・避難したいのは俺だけじゃなくて宍戸先輩もでしょう」
テニス部レギュラーは本当にもてるのだ。もちろん、宍戸も例外ではない。
宍戸は否定もせずに玉子焼きを口に運んだ。
「考えてることは皆同じだろ。どうせ他の奴らだってコートにいるだろうし」
行けば、きっと残りのレギュラー陣にも会えるだろう。
いくらファンとはいえ、テニスコートまで入ってくる者はいない。
流石にその考え方だけは徹底しているので、ある意味テニスコートは格好の逃げ場なのだ。
宍戸が箸に摘んだ鶏肉を鳳へと差し出した。食べろ、ということらしい。
「あ、美味しいですね」
口に広がった味に、鳳が笑みを浮かべた。家では食べたことのない味付けだが、凄くおいしい。
これも宍戸が作ったのだと思うと、何となく気恥ずかしくなった。得した気分だ。
宍戸は満足そうに笑った。
「だろ?ちょっと味噌入れてみたのが良かったかな」
味噌と紫蘇とみりんと・・・挙げられた調味料を聞いて、今度母にも作ってもらおうと目論む。
そうして、宍戸に悪戯っ子のように笑いかけた。
「これが誕生日プレゼントですか?」
一瞬、宍戸はきょとりと目を見開く。そうしてにやりと笑みを浮かべた。
「プレゼントは高級チョコレートだろ?あれにだってお金払ってるんだぜ。先輩の愛情を心し
て食せ!」
「今の鶏肉のが嬉しかったですよ。愛情弁当っぽくて」
「詰まってるのは俺から俺への愛だけどな!!」
宍戸の言葉に二人で噴出して、休み時間がなくならないうちに、と二人はコートへ飛び出した。
外に出た途端、冷たい風が二人のシャツを揺らした。着込んだセーターへも、冷たい風が忍び
込む。
「結構寒いな」
「そうですね、陽は出てるんですけど」
歩きながら、宍戸は空を見上げた。色の薄い雲が風に煽られて足早に流れていく。
春にはまだ早い。
鳳は手にしたラケットを確かめながら、何となく幸せな気持ちで、ズボンのポケットの上を手
でなぞった。
そこには、小さなチロルチョコが一つだけ入っている。
コートはもう目の前だ。案の定避難してきていたレギュラー陣に片手を挙げて、宍戸は鳳を見
た。
「じゃ、行くか!」
「はい!」
まだまだ冷たい風の吹く中、晴れ渡る青空の下でボールの跳ねる音が、暫くしてから聞こえて
きた。
********************
Happy Valentineday and Happy Birthday !!
********************
↓↓↓おまけ↓↓↓
→→→その後の鳳君。
結局、その後の昼休みをコートでの打ち合いに費やし、ふざけてとはいえチロルチョコをもら
い、手作りお弁当を食べた鳳は、その年のバレンタインの一日がどれだけ幸福だったかを・・
・・・・気持ちを自覚した一年後、痛感することになる。
end
→close←