「ガックン〜♪」
笑顔で忍足が近づいて来たと思ったら突然岳人の視界が反転した。
え、と思う間もなく僅かな浮遊感と共に確かに落下する感覚。
一瞬で開けた視界には夏を誇張するような入道雲と共に青い青い空が広がっていた。
氷帝的プール概念
「ゆうしーっ!!(怒)」
派手な水しぶきとともに広がった笑い声に岳人は怒りをあらわに水面へと浮かび上がった。
そう水面に、である。
広さを誇る氷帝学園のプールに湛えられた水は、焦げつくような陽射しを受けてキラキラと光を反射
していた。
反射した光は真白よりさらに白く輝き、水面が描く歪んだ弧の淵を不規則に彩っている。
その中ほどに彼はいた。
無残なほどに濡れた肢体を怒りに振るわせながら岳人は上から覗き込む忍足を強い瞳で睨みつけた
。
整えられたさらさらのおかっぱ髪がぺたりと頬に張り付いて、凄みを増している。
しかし、その姿を目に止めても、忍足の口元の笑みは消えることがない。
「岳人、油断大敵って言葉知っとる?」
明らかに笑みを含んだ言い方に忍足を睨み付けていた岳人の瞳がさらに釣り上がる。
「侑士!どうしてくれんだよこの服っ!制服なんだぜ!!」
そう、岳人だけでなく忍足も、ベンチで何も知らずに平和に眠りこけているジローも全員が制服に身
を包んでいた。
暑さに耐えかねてプールに侵入しようと決めたのはつい数分前なのだから、水着など用意しているは
ずもない。
ついでに言えば、現在は夏休み中なので、プールに他の人影はなかった。
「そんなん、そのうち乾くて」
忍足は呑気に言葉を紡ぐ。
「ふざけんなー!!」
プールへ侵入しようと決めた数分後にはもう水浸しになっているとはどういうことか。
せめて、テニス部のユニフォームを着てくれば良かったと岳人は今更ながらに思った。
まぁ、部活に参加するために来たくせに、着替える間もなく抜け出してきたのだがら仕方がないのか
もしれないが。
夏の日差しは暑くて、じりじりと焦がされるような錯覚を覚える。東京の夏の風は湿気を含み、不快
指数を上回ったそれに、プールへ忍び込んでやろうと持ちかけたのは岳人の方だった。
当然、泳ぐまでは行かなくても、足を浸す気ではあったし、多少濡れることも覚悟はしていたが、ま
さか制服のままプールへダイブする趣味はない。
一人憤慨する岳人へ、忍足が苦笑する。
「そんなに怒んなて。ほら、手ぇ出し」
それでも手を差し出してくれたので岳人はしぶしぶとその手を掴んだ。
でもただで終わらせるつもりはない。
岳人は掴んだ手をそのまま思い切り引いた。
人を呪わば穴二つ!だ。
同じ目に、合ってもらうからなっ!!
しかし、忍足の腕を引いた瞬間。
「え?」
ザッバーン!!
先程よりも大きな水音。
てっきり落ちたと思われた忍足は先程と同じ位置で同じように笑みを浮かべて立っていた。
岳人が手を思い切り引いた瞬間に合わせて忍足が手を離したのだ。結果、勢いの付いた身体は力に逆
らうことなく高い水しぶきを上げて水の中へ飲み込まれた。
「ぷはっ……!!」
氷帝学園のプールは結構深い。勢いのままかなり下まで潜ってしまった岳人は濡れて肌に纏わり付く
制服に四苦八苦しながらも水面へと浮上した。
やっとのことで顔を上げた岳人に向かってにやにやと笑いながら忍足は岳人を上から覗き込む。
「なにす…っ!!」
「油断大敵、さっきも言わんかったか?」
水も滴るなんとやらになってるで。
続いて忍足がそう口を開いた瞬間。
ドンッ!!
「へ…?」
「うわっ?!」
忍足の身体が思い切り傾いだ。
自分のいる方へと倒れこんでくる忍足を避けようと岳人が慌ててそこを離れようとした時すでに遅
く…
バッシャーンッ!!!
高い水しぶきと共に二人はもつれるように水の中へと見事に沈み込んだ。
「確かに油断大敵、だな」
上から聞こえた声に水の上へと顔を出した二人は思わず固まった。
先程の忍足の言葉をそっくり真似て彼を水の中へと落としたのはここにいるはずのない人物だったか
らだ。
「「跡部っ??!!」」
二人の声が見事に揃う。
「お前ら何やってんだ。アーン?」
にやにやと二人を見下ろしながらわざとらしく声をかける跡部に岳人が口をとがらせて反論する
。
「跡部こそっ!監督と打合せじゃなかったのかよ!!」
今日は本当なら部活があるはずだった。
それが突然中止になり、暇を持て余した二人はここへとやってきたのだ。
「んなのとっくに終わったぜ?それより使えないのはコートだけなんだから大人しく体育館で自主練
でもしてろよ。そう言っといただろ?」
訂正。中止ではなく、場所の変更だったようだ。
「うっ…!」
二人(+ジロー)はそれが嫌でサボりにここへ来たのだから返す言葉も無い。
跡部はそんなことお見通しだとでもいうようにふんと鼻を鳴らした。
「探すまでも無くどうせこんなこったろうと思ってたがな」
その物言いに忍足がぴくりと眉を動かした。
「そんなに言うんなら、遠慮せず自分も水ぐらい浴びぃ!!」
跡部へとまっすぐに水が襲いかかる。だが、跡部は全く動じもせずに鋭く叫んだ。
「樺地っ!!」
なぜ樺地ーーーーッ!!??
「ウス」
「「あ」」
ばしゃんっ
跡部へと飛ばされた水を樺地が当然のようにその身に浴びる。
ちなみに後ろに庇った跡部には全くと言っていいほど水はかかっていなかった。
さすがだ…というか、自分で避けろよ…
そんな二人の心の声に気付いているのかいないのか、跡部はその様子をさも当然という風に満足げに
眺めた後、ベンチにジローがいることに気が付いた。
「なんだ、ジローもいたのか」
「まぁね。でもさ、ジローの奴この暑さのなか良く眠れるよなー」
「そやね」
岳人はすでに制服については諦めたようだ。両手に掲げた水を軽く跳ね上げて跡部に答えた。
忍足は取りあえずプールから上がろうと移動しはじめている。
「フン・・・」
跡部は横のベンチ(少し木陰になっている)でぐーすー寝ているジローの元へと歩いていくと少し乱
暴に(いつものこと)声をかけた。
「オラ、ジロー!こんなとこで寝てると熱射病になるぞ!そろそろ起きろ!!」
しかし、その程度のことではジローは起きるはずもない。
跡部はそんなジローを見て、とても優しい笑みを浮かべた。
そしてそのままお姫様抱っこでジローを抱き上げた。
「仕方ないな」
「「??」」
何をする気だと忍足や岳人(+樺地)が見守る中、跡部はにやりと笑うとそのままジローをプールへ向
かって投げ上げた。
そう、文字通り投げたのだ。
ぽーんと放り投げられた身体は緩やかな弧を描いて、プールの中ほどまで飛んでいった。
鬼―――っ!!
ザブンッ!!
またしても高い水しぶきを上げてあたりに水が飛び散る。
慌ててジローへと駆け寄る忍足と岳人の目の端に、楽しそうに目を細める跡部の表情が見えた。
さすがに目を覚ましたらしいジローが(そうでなければ死活問題だ)両手足を必死にばたつかせなが
ら水面へとなんとか浮上する。
「なっ!なん…っ?!」
何が起こったか分からないといった風に辺りを見回すジローに忍足も岳人もさすがに同情してほろり
と涙を流しそうになった。
…寝ていた次の瞬間に水に投げ込まれるなんて予想できるわけがない。
「ジロー、大丈夫?」
「跡部も無茶しよるなぁ・・・」
ジローは水から出した頭を子犬がするようにフルフルと振った。
明るい色の髪に絡んでいた雫が飛び散って揺れる水面に波紋を描く。
動きにくさにか、寝起きのぼんやりした頭で自分の格好を確認し、ジローは嘆きの声を上げた。
「俺、靴はいたままだったのに〜!!」
・・・ご愁傷様、としか言えない。
履き慣れたテニスシューズは部活時に欠かせないものだというのに。
忍足や岳人と違って靴をはいたままだったジローは非難がましい眼で跡部を見た。
「靴の中ぐしょぐしょ…」
そんなジローにも跡部はニヤニヤと笑みを浮かべるばかり。そしてその直後に跡部は後ろに新たな人
物が現れたことに気が付いた。
見知った顔が、呆れも露にこちらに近づいてくる。
「あ?何だ、テメーらも来たのかよ」
「まぁなって、お前らこそこんなところで何やってんだよ」
「うわ、皆さんびしょぬれですね。樺地まで!」
宍戸が鳳を連れてプールサイドへと歩いてくる。
あまりにも皆が遅いので気になって探しに来たのだろう。
ちなみに珍しいことにこの二人も未だ制服のままだ。
「フン、頭の悪いサルどもは暑さに耐え切れずに部活そっちのけで水浴びに転じているらしい」
言葉ほどに不機嫌ではない。跡部は楽しそうに目を細めてそう言い放った。
突き落としたのはお前だろ!忍足とジローの無言の訴えは当然無視された。
プールでたゆたう面々は誰かしらに突き落とされたのであって、決して自ら水に飛び込んだのではな
い。
「お前らもその口か?」
跡部が楽しそうにプールを指差し、宍戸は肩を竦めた。
「馬鹿言え。いつまで経っても誰も戻って来ねぇから行方知れずの部長さん+その他を探しに来たん
だよ。テメェも充分楽しんでたんじゃねぇの?」
跡部は唇の両端を持ち上げた。
「どうだかな。少なくとも俺には制服で水浴びする趣味はないぜ?」
確かに、その場で水に濡れていないのは宍戸の見るところ跡部だけだ(なぜ樺地まで濡れているのか
は分からないが)。
「そういうことにしておいてもいいけど。誰もいないプールにこんなに大勢で忍び込んだりして、し
かも全員テニス部のレギュラーじゃねぇか。ヤバくないのか、部長さん」
自分達のことは棚に上げて宍戸が呆れたように周りを見回す。
実際、宍戸や鳳にはには疚しい事はなかったが、不法侵入に変わりなく、また自分達が来てしまった
ことで、レギュラーが全員揃ってしまったのは事実だった。
見つかれば責任を問われるのは跡部自身なのだろうが、当の跡部は気にした風もなくさらりと一言言
い放つ。
「ふん、今は制服だろう?テニス部とは関係がない」
「「「「「・・・・・・」」」」」
いや、流石にこれで無関係は通せないだろ!!
そこにいたテニス部員達は(ようするに全員)心の中で思い切り思ったが、声に出す者はいなかった
。
何故ならそれで通ってしまうからこそ跡部なのだと諦めにも似た気持ちで普段から思い知らされてい
るからだ(悲しいことに学校もそれで納得してしまったりする)。
そんな日常に慣れた面々が心の中で一斉に突っ込みをいれることしか出来なかったのは無理からぬこ
とだろう。
・・・跡部が絡む事件は大抵不問なのだ。自分達に被害がないことを喜んでおこう。
無理やりにでも自分に納得させる者達がそこにいた。
だってそれが氷帝学園(テニス部)なのだ。
そして。
―――数分後。
「ジロー!あっちのふちまで競争しようぜ!!」
「おーしっ!」
「あ、俺も参加するぜ」
「待ってくださいっ。俺もですー!!」
「皆元気やなぁ」
結局、偉大なる部長の許しを得て、面々はめい一杯真夏のプールを満喫することにした。
適応力の高さには各々が自負している(そうでないとこの部長と監督の下でやっていけないというの
が主な理由だが)。
暑さに辟易していたことに変わりはないのだ。
許しが出たのなら、とことん遊んだほうがいい。
そこには先ほどまでの諦めの色はなく、心から場を楽しむ笑顔があった。
だって、跡部がいるし(←現在樺地に扇がせて日光浴中)。
皆の心はそこで一つに固まった。
そんな折。
「フン、暢気なものだ。そんなんでまた青学に負けたらどうするんだか」
ようやく先輩+αを見つけた日吉は目に入った光景に呆れたように呟いた。
同じ日、同じ時、同じ青い空の下、どこかの鬼部長を交えてそのライバル校が同じように水遊びをし
ていることなど露知らず。
こうして氷帝学園の暑い夏は過ぎていく。

夏休みの部活ということが全くもって生かされてない(青学verでも言ってなかったか?)
日吉は出で来ない予定だったけど、青学を書き終わったらなんとなく付け足してしまいました(監督と滝さんは??)(あ・・・)
青学に比べて常識人が少ないのは気のせいです・・・多分。
だって、跡部とか監督がいれば慣れるよ・・・!!いや、青学にも不二&乾がいるけどね!!
やっぱり、topに立つものに左右されるのですよ・・・?(そうなの??)
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