ノックをした扉の先から返事はなくて。
開いた扉の向こうで彼が珍しく無防備に眠っていたから。
だから。
近づいたのも、その寝顔を覗き込んだのも、本当にちょっとした好奇心からだけだったのだ。


   ***


「マジかよ」

エドワードは呆然と呟いた。

分からない。
分からない。

自分の気持ちが。自分が今、何をしたのかが。
分からなくて目を見開いた。
それは衝動だ。
思わず触れてしまった唇を戸惑うように押さえた。

何を。
何が。
どうして。

答えは自分の中にあるはずなのに。
無意識の行動に自分が一番戸惑っていた。
目に映る光景は変わることがない。

大佐は未だ目を覚ます気配もなく、机に頬杖をしたまま眠っていて。
午後を過ぎたばかりの陽は眩しくて、白いカーテンを反射していた。思わず目を細めてしまう窓の先に は、風に揺れる輝くような緑があって、その影がゆらゆらとワイン色の床を彩っていた。
とても穏やかな、ゆっくりと時間の流れる空間。
その何に見せられたというのか。

吸い込まれるように寄せた唇。
触れた頬。
肌をくすぐる漆黒の髪。
我に返ったのは唇が離れた後だった。

どうして自分はこんな・・・

そこで唐突にその“衝動”の原因に思いつく。
自分はまさか。
そこまで考えてエドワードは腕で目元を覆い、上を振り仰いだ。
白い手袋越しに熱を持たない機械鎧へと火照った頬の熱が移っていく。
ひんやりとしたその感触に、頬の熱をより自覚させられた気がした。

ああ、確実に今、俺の顔は赤くなってる。

だって分かってしまったから。
自分は、この女好きで野心家で自信家の無能男を、なんだかんだ言っては自分に構ってくる、案外と子 供っぽいところを持つ、けれども誰よりも大人なこの男を、“ロイ・マスタング”を。

好きになってしまったのだ。

有り得ない、そう思うと同時に、その事実を以外にもあっさりと認めている自分に気が付いた。
エドワードはシミ一つない天井を振り仰いだまま自嘲のようなため息を一つ吐き出した。
緩やかな、時間のゆっくりと流れるこの空間の中で。

「あ〜あ。何か俺って趣味悪かったんだなぁ」

声は静かにその空間に吸い込まれる。
午後の陽射しは暖かかった。
さらりと音を立てそうな漆黒の髪が陽射しを吸い込んでいる。
もう一度目を向けた大佐はやはりいつも通りでどこか綺麗に見えた。

“綺麗”だなんて。

この男をそう思うだなんて。
あまつさえ、“格好いい”とすら思ってしまうなんて。
心臓がどくんと大きな音を立てた。
嫌がおうにも顔に血が上ってしまう。

だって。
自分はこんなにも彼が――――

「・・・マジかよ」

聞こえないはずの窓の外から、風に揺れる葉の音が聞こえた気がした。












副題「キスの余韻」
余韻も何ももないんですが、まぁ副題はイメージでつけてるので・・・
こんな書き方ですが、ちゃんと両思い予定な二人。
大佐が本当に寝てるかどうかはご想像にお任せします。






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