エンヴィーver


どうして、届かない言葉なんてあるんだろうね?



好きって言ってもいい?
瞳で問いかけた。

「ダメだ」

答えなんて分かっている。
これは最後の境界線。
これを守ることで自分は彼の前に立つことが出来るのだから。

だから。

もしこの言葉を口にするのなら。
きっと笑い混じりの冗談に似せた言葉なのだろう。
クスクスと笑う俺に彼が不機嫌そうに声をかけた。

「エンヴィー」
「好きって言ってもいい?」

クスクスと笑う俺。
盛大に顔を歪める彼。
この言葉が限りなく真実だと、誰が気づくんだろうね?

ああ、違う。

この言葉を、俺と君の二人、どちらが嘘だと思いこもうとするんだろうね?
限りのない真実を見せかけの現実に紛れ込ませようと必死になる。

気づいてはいけない。
認めてはいけない。
君と俺というその関係を壊してはいけない。

例え―――

君と俺、その今の関係が実際は何よりも真実からは遠い虚像だとしても。
クスクスと笑う俺。
不機嫌な顔をくずさない彼。
笑ってごまかしてでも気持ちを告げたい俺と。
戸惑いながらも必死の虚勢で真実を拒もうとする彼と。
見せ掛けだらけの現実の中で真実だけが行き場のない迷路に迷い込むようにたゆたっている。
気づいているからこそ認められない、それ。

自分と彼は敵同士だから。
決して相容れてはいけない存在だから。
いつか互いの血にその手を染めるのかもしれない。
その時耐えられるだけの強さを、ここで捨てる訳にはいかないのだ。
けれど。

今ならまだ間に合う。

心の深くから、そう声が聞こえた。
今の自分なら、彼の血に手を染めても、一筋の涙だけで耐えられる。
そう思って、だから彼の細い首に手を伸ばした。
口元には、笑み。
今まで幾多の命を奪ってきた時と同様に。
突然の行動に、彼は驚いたように目を見開いたあと、鋭い瞳で睨みつけた。
眩い光と共に練成された剣の切っ先が自分へと向く。
その一瞬前に覗いた傷を隠しきれなかったその瞳。
光を吸い込み、弾き、全てを魅了する大好きな瞳。
その瞬間、幾多の命を奪ったその笑みを浮かべたままの俺の頬を一筋の涙がつたい落ちた。

彼の命を絶つこともなく。
彼の武器も自分を傷つけることなく。
伸ばされた腕はただ彼へと伸びて。
ただ抱きしめたその腕を、彼は黙って受け入れた。

ああ、そうか。
もう、手遅れなんだ。
彼への思いはここまで来てしまった。

だから。

耐え切れない涙は未だに止まることはなかった。
笑みを、浮かべている自信なんてない。
きつく抱きしめたその背を、抱き返してくれる彼がただ愛しかった。
目の前で揺れる、光を弾く金糸に祈るように口付ける。

「ねぇ」

彼は答えない。
けれども答えてくれる気がした。





「好きだと言ってもいい?」




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エドver




彼がクスクスと笑みを零すのが聞こえた。



「エンヴィー」
「好きって言ってもいい?」

咎めるように呼んだ名前を、遮るように紡がれた言葉に、自分の顔が不機嫌そうに歪むのが分かる。
そんな言葉を信じて何になるというのか。受け入れることなど出来ないと分かっているからこそ、自分 はその言葉を信じなかったというのに。

くすくすと微笑む目の前の彼。
普段と変わらずに張り付けた笑みの中で、その瞳だけが違う色を放っていた。
それが、その瞳の表す意味が、自分の思い違いでないのなら―――そこまで考えてエドワードは考えを 振り切るように一度目を閉じた。
そんなことを信じて何になるというのだ。
心の中でもう一度繰り返す。
そうならばいいなどと一瞬でも思ってしまった自分が許せなかった。
その思いを最初に切り捨てようとしたのは自分の方だというのに。
叶えることはできないのだ。

例え互いがそれを望んでいたとしても。

クスクスと笑う彼。
心の動揺を隠すように不機嫌な顔を作る自分。
沈黙はどれぐらいの間続いただろう。
それは一瞬のようでいて永遠のようだった。
このまま時が止まってしまえばいいと思ってしまうほどそれは儚く甘美な一瞬だった。
そう思うのはいつかの未来を知っているからかもしれない。

ふいに彼が笑みを濃くした。
それは普段彼が自分という個をなくすように、あるいはクセのように浮かべる笑顔の中でも綺麗 で―――残忍な笑みだった。

人を殺める時のそれ。

ゆっくりと目的を持って自分へと伸ばされる腕に、あぁ、ついにこの時が来たのだと思った。
相容れぬ思いが完全に決別するのだと。
いつかは来るのだと疑わなかった、望まない未来。
心に感じた痛みに気付かない振りをしてエドワードは刃を錬成した。

彼に向けられた切っ先。
自分へと伸びる腕。
交わる、紫電の瞳と金色の瞳。

ふいに。

彼の頬を透明な雫が伝う。
練成した刃が彼を傷つけようとしなかったのはそのせいだけじゃないだろう。
きっと始めから、自分は彼を傷つけることなど出来はしなかったのだ。

だから。

自分へと伸ばされた腕を自分はただ受け入れた。
自分を死に追いやるであろうその腕を。

なのに。

目を見開いたのはその一瞬の後のこと。
ただ驚いて。
自分がどこか心の底で願っていたことに気づいてまた驚いて。

自分を抱きしめる腕。
彼の、腕。
伝わる体温は暖かくて。
彼の熱が自分の身体にも、熱を持たない腕にさえも染み込んでくる気がして。


涙が溢れた。


もう二度と泣かない、そう決めたはずなのに。
涙一つ流すことなく、彼に刃を向け、命さえ奪えると思っていたのに。
抱き締められた、ただそれだけで、どうして涙が零れるのだろう。
無意識のうちにすがるように彼の背中へと回していた腕に意識的に力を込めた。

「ねぇ」

彼の声がする。今までで一番近い場所で紡がれた言葉に体が震えた。
応えても、いいのだろうか。
刹那よりも儚い幸せに、かけてみてもいいのだろうか。
彼の言葉を待つ自分がいることをもう否定しなかった。
その答えを自分自身が持つことも。

そして。

その瞬間は思ったよりもあっけなく、穏やかに訪れる。





「好きって言ってもいい?」




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