ドアを開けるとそこはいつも通りの部室だった。
いるメンバーもほぼ同じ。
氷帝テニス部正レギュラーと準レギュラー。
しかし、その異様な光景に長太郎は訳が分からず首を傾げた。

「どうしたんですか、皆さん?」

そこにいたメンバーは皆が皆ロッカーを向いて無言のまま巻き寿司を口にしていた。



氷帝学園テニス部の日常(節分編)



声をかけたのに返事がない。
一瞬ちらりとこちらを向いたと思ったが視線はまたロッカーへと向いてしまった。
困ったようにドアの前で立ち尽くす長太郎に忍足がテーブルに乗っている紙を見るように示す。
長太郎はその紙へと視線を落とした。
「・・・・・・」

『この巻き寿司を一言もしゃべらずに西南西を向いて食べろ
      出来ないものにはバツゲーム』

――――む、無茶苦茶だ

どうやらその無茶苦茶な命令を諸先輩方及び日吉と樺地の二名は実行しているらしい。
全員がロッカーを向いているのだからそれが西南西なのだろう。
長太郎はため息をついてテーブルに用意された普通より幾分長い巻き寿司を手にした。

ことの起こりは忍足の言葉だったのだと思う。
先日そんな話題になったことを思い出して鳳は思った。節分に恵方巻きを食べるのは西では普通だった らしく、そんな風習を知らなかった岳人が東京でそんなもん知ってるやつはいないと向きになってレギ ュラー陣に認知調査を行い、それを偶然聞いていたテニス部顧問榊太郎(43)が気を利かせたつもりか当 日に見事な巻き寿司を人数分部室の机に用意した、らしい(後から得た情報によると、だ)。

隣りを明けてくれた宍戸に頭を下げて、全員並んだ状態でベンチに腰掛けると鳳は他のメンバーを見習 い巻き寿司にかぶりついた。
あ、おいしい。そういう感想を持ったのは最初だけだった。
いや、もちろんおいしいに変わりはないのだが、普段から何かとにぎやかなメンバーが無言で、しかも ロッカーを見ている光景ははっきり言っておかしいし、落ち着かなかった。

「・・・・・・」

無言。
あの岳人でさえ無言。
ただひたすら、無言。
割と余裕な顔で食べているのは滝と樺地、慣れているらしい忍足。
宍戸と日吉は流石に落ち着かないのか食べることに集中しようと手元を凝視していた。
ジローは半分眠りながら食べているので問題はなさそうだが。
とにかく、全員無言だ。
本来なら有り得ない、このメンバーで。
そのくせ外からはにぎやかな喧騒が僅かに聞こえてくる。
不自然な沈黙がどうしても気になり、きょろきょろと辺りを見回した。
気を紛らわそうと鳳がロッカーを凝視すると、普段は目に付かない落書きまでがよく見えた。
曰く、一言。

『榊太郎(43)はホストくさいを通り越して寧ろ存在が痛い』

「・・・・・・」

無言を保った鳳に宍戸が隣りのロッカーを指差した。

『今日の監督のお言葉 「今日のスカーフはピンクにしてみた」
 誰も振り向かなかった』


「・・・・・・・・」


きっと、普段なら何も感じないだろう。『みそみそウルサイ。いっそみそ汁になって出直して来い』 だの『伊達眼鏡 メガネメガネ言っても 伊達眼鏡』だの普段なら全く気にしないはずなのだ。
それでも。
無言の魔力は凄い。どうでもいいことが、笑えないというだけで素晴らしいボケに思える。

突っ込むな!

鳳は心の中で思った。こんなつまらないことに突っ込みを入れたらおしまいだ。
我慢はしていても笑いたい衝動が長太郎の肩を震わせている。
宍戸はつられないようにとさっさと鳳から視線を外した。


―――――7分経過。


限界を超えたのはやはりというかなんというか岳人だった。
とにかくこの静寂をぶち壊そうと知恵を巡らせ、他人を陥れることにしたらしい。
おもむろに隣の忍足を振り返り変な顔を披露する。
普段ならそこまで面白いとはいえないその表情も今のこの状況ではどんな有名なコントでも太刀打ちで きないだろう威力を持っていた。

「・・・・・・ッ」

忍足は耐えた。
関西人の面子にかけて耐えた。ここでそれが関係してくるのかは微妙だったが、幼い頃からの経験が その笑いの衝動に耐えることを成し遂げさせた。

――――俺の勝ちや!!

氷帝の天才は心のなかで高らかに勝利を宣言した。
肩を震わすに留めた忍足のせいで不発に思えたその笑いはしかし、次なる悲劇をもたらした。
日吉は忍足の隣でその僅かな変化に気づき振り向いた。
「?」
そこに醸される岳人の顔。

「〜〜〜〜〜っ!!」

思わず食べていたものを噴出しそうになって日吉は口元を押さえながら勢いよく顔を反らせた。
そのまま直視していたら先輩である忍足(何故か勝ち誇ったような顔をしている)に盛大に口の中のも のを噴出してしまうかもしれないからだ。
こんなのでも先輩だ。何より後が怖い。
彼の考えは正しかった。
しかし、その噴出すのを耐える顔はやっているのが普段からクールな日吉だったために岳人の作った顔 よりもかなり強烈だった。
日吉の隣にいたのは鳳。

「・・・・・・」

ぶはっ!鳳は噴出した。それも日吉に向かって盛大に。
すぐに口を押さえたがもう遅い。
日吉は鳳を物凄い形相で睨み付けた。
鳳にとっては不可抗力だったが、それを主張するように顔の前で必死に手を振って見せても効果は 期待出来そうになかった。
何より睨みつける日吉が怒りの限界に来たためか微笑を浮かべているのが何よりも恐ろしい。
はっきり言って寒気を通り越して鳥肌がたった。嫌な汗が背中を流れる。
鳳は日吉から離れようと無意識に身体を動かした。
しかし思わず身体を引いたためにその隣にいた宍戸が押されて体制を崩す。

「ッ?!」

後は連鎖反応を見ているようだった。
体制を崩した宍戸が、咄嗟に身体を支えようと隣にいた跡部の制服を掴む。体制の崩れた跡部を樺地が 支える。
普段ならそこで支えきれたのだろうが、いかんせん場所が悪かった。樺地のいたのがベンチの一番端だ ったために、かけられた体重を支えようと後ろに引いた手はみごとに宙をかいた。
てこの原理で重さを一端に受けたベンチが傾く。

「――――・・・ッ・・!」

まさに、総崩れ。
その際、誰一人として声をあげなかったのは流石だろう。沈黙と息を飲む音、声のない悲鳴の中、椅子 の倒れる音と人の倒れる音が響き渡った。


そんな中。


滝だけが一人、もくもくと巻き寿司を食べていた。













今回のコンセプトは『無言』とにかく皆さんには無言に徹していただきました(笑)。
なので、今回は全体に静かな感じ。台詞がないとこうなるんですね。
ちなみに、目指したのはギャグ。でも私にはこれが限界です。どうしたらもっと笑える 話がかけるのか・・・。

『恵方巻』(えほうまき)とは・・・
節分に巻寿司を食べる風習で、食べることで健康を願い福を祈います。
「恵方」は陰陽道(おんみょうどう)によって決められるその年の縁起のいい方向のことで今年 (平成17年)の方角は西南西らしい。
その方向にむかって節分の日に切っていない巻寿司を無言で食べて、一年の健康と幸福を願います。
巻寿司に切れ目をいれないのは「縁を切らない」とかけているためとか、しゃべると福が逃げてしま うためともいわれています。
関西より西では盛んに行われている行事です。


あ、全員の位置関係は背景画像の通りです。ベンチが部室にある時点で氷帝じゃ有り得ないとか、ベンチが別々 なのに総倒れってないだろうとか突っ込みはなしの方向で・・・(汗)。




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