迷える子羊は、来年に向けて小さな小さな夢をみた。
きっと叶うだろう、夢を、
見えぬ星空の変わりに、ツリーに掲げられたベツレヘムの星に託して。







羊は聖に夢を見て





「あ〜、降ってきちゃいましたね」

白い息を吐き出した長太郎が、空を見上げた。
クリスマスイブだというのに、どんよりとしていた雲は、ついに耐え切れずに涙を流しだしたらし い。
吐き出す息はこんなに白いというのに、寒さはまだ足りなかったらしく、空から降りてくるのは白い 結晶ではなく、透明な雫だ。
長太郎は空を見上げながら残念そうに呟いた。

「ホワイトクリスマスにはなりませんでしたね・・・」

ロマンチスト、とまでは行かないが、長太郎はそれなりにイベント事には夢を見る性質らしい。
冬の夜は速い。部活がない(これは忍足を中心としたレギュラーがかなり前から画策したのだが。) のを幸いに、二人は昼ごろから外へと繰り出した。と言っても、映画にいくわけでもなく、テニス用 品店を冷やかしたり、シューズを見たり、ゲームセンターに繰り出したり、余りクリスマスを意識し ている風もなかった。しいて言えば、行動は普段通り。
それでも、デパートや大通りはクリスマスソングが流れていたし、ところどころの通りに面した硝子 は白い雪の結晶やサンタの形に彩られていた。
大小様々なツリーは早々と灯をともしていたのも含め 、数週間前から街は今日に向かって着実に様相を変えていったのだから、敢えてクリスマスを意識の 外に出すのも馬鹿馬鹿しく、また、この雰囲気も嫌いではなかったから、宍戸も長太郎もそれなりに 楽しんではいたのだが。
まだ夕方を過ぎた時刻だというのに、天気も相まってか空だけは夜の様相を呈している。ただ、普段より華美に彩られた街並みだけは昼のそれと変わらない、もしくは余計に光が増えた気がして、何だか不思議な気がした。 まるで、夜を忘れてしまってようだ。
幻想的、と言えなくもないが、宍戸には明かりを灯してはしゃぐ地上を、冷静な空が何の感慨もなく 見下ろしているような気がした。
そんな絵を、昔見たことがあった気がする。
雰囲気はこれとは異なっていたが、地上と天で、昼夜を 逆転させて描かれた絵は印象的で、ふいに思い出したそれと、今を比べてしまった。
夜の空から、産み落とされた雫が辺りを覆っていく。
ホワイトクリスマス、か。
叶わなかったそれに、宍戸はゆるりと上を仰いで、ついで長太郎に視線を向けた。

「・・・期待してたのか?」
「少し。まぁ、天気予報でも雨って言ってましたけど・・・跡部先輩は今頃ホワイトクリスマスです よ」
「何でだ?」
「天気予報で言ってたんです。先輩達、スキーに行ってるでしょう」

宍戸は呆れて呼吸のためではない白い息を吐き出した。
溜息は一瞬辺りを白くして、そして空気の中 に溶けて消える。

「それって反則じゃねぇ?まぁ、それもありなら俺も前に体験したことあるな」

答えると、俺もです。と長太郎はおかしそうに笑った。
スキー場でホワイトクリスマス。
確実に見れるとは限らないが、東京の寒空の下で期待するよりは確立は高いだろう。
何せ、東京で雪が降るのは、1月の後半、2月に多い。12月に降ること自体、決してないとは言わない が、かなり稀なことなのだ。

「でも、少し憧れません?宍戸さんと見てみたかったなぁ」

長太郎が言うから、じゃぁ俺達も来年はスキーに行くか、と宍戸は冗談まじりで誘ってやった。
小雨と言えども、この時期の雨は冷たくて、宍戸は長太郎の用意していたらしい傘に入って、人込み の減らない通りを、時々ショウウィンドウを冷やかしながら歩いた。
天気予報でも雨の確立は30%ほどだと言っていたから、未だ傘をさす者は少ない。
相変わらず用意がいい、と思いながら男二人にしては小さめの傘から宍戸は周りを見回した。
小走りに走る人や、すぐに止むだろうと喫茶店やデパートに避難する者が多い中、案外穴場なのでは ないかと二人はイルミネーションのある広場へと向かっていった。
突然の雨に、男二人が相合傘をしていようと目に留める者はいない。長太郎は妙に嬉しそうに、こっ そりと宍戸へと身を寄せ、宍戸もそれを黙って感受していた。

「俺はさ」
「はい?」

突然口を開いた宍戸に、長太郎が視線を流す。
宍戸は下が明るすぎて目立たない雨雲を傘から伺いながら口を開いた。

「今日は晴れて欲しかったな」
「嫌、でしたか?」

長太郎が手にした傘を示すようにちょっとだけ持ち上げた。宍戸はしゅんとした長太郎に違ぇよ、と 笑って返した。
相合傘がいやというわけじゃなく、確かにそれは予想外で嬉しかったのだけれど(教える気はないけ どな)。

「冬って、空が綺麗だろ?だからさ、晴れると星が綺麗に見えるんだよ」

冬の空は遠い。天の高い場所で光る星は、手に入らないと分かっていても、綺麗だった。
視線の少し先で、人工的な光が星のそれとは違った趣(おもむき)を持って宍戸の瞳に映りこんだ。 目的の広場には、それぞれ色の違う三種類のツリーが種々の飾りを纏わり付かせて隣接している。
細 く高くそびえるツリーから伸びた鎖のようなそれは、ツリー同士だけでなく、更にそこから伸びて近 くの街燈までを飾っていた。
チカチカと交互に灯る光は、時折側を落ちる雫を同じ色に染めるようにして、光を分け与えていた。
細いツリーは雨宿りの用を足せないのか、人通りはやはり少ない。
イルミネーションは人込みも多いし、人目も気になってゆっくり堪能できないと思っていた。男二人 はやはり目立つ。
だから、これだけ堂々とそれを堪能できたのは、やっぱり雨のおかげかもしれないと二人は思った。

「お、雨の中ってのも結構いいかもな」

見上げた光景に目を細くして、となりの長太郎を振り仰ぐ。悔しいことにこの身長差を縮められなか ったことだけは、宍戸にとって心残りだ。来年は見ていろ、と心の中だけで呟いた。

「本当に、綺麗ですね」

長太郎も微笑んだ。見る瞳はいつの間にかツリーに視線を戻した宍戸の横顔を映している。白く見え る肌を、光は僅かに彩り、漆黒の瞳にはまるで星が散ったように様々な光が煌いて見えた。それを満 足そうに眺め、長太郎はイタズラっぽく笑う。

「三本なかったら、うちの学校には負けていたかもしれませんが」

きょとん、と宍戸は長太郎を見て、ついで笑い出す。

「違いねぇ」

二人の通う氷帝学園は、自他共に認めるお祭り好きで、こういうイベント事には強い。この時期は校 門までの道にライトが灯っていたり、カフェテリアや下駄箱に巨大なツリーが出現したりと、中々見 ごたえがあるのだ。もちろん、誰が用意したのか、部室にもツリーがあった。まぁ、これはテニス部 だけ、かもしれないが。
部活などで遅くなることも多い二人は、そんな中を帰るのが結構楽しみだったりする。
それよりも今日のこれが優って見えるのは、ツリーの数だけではなく、隣りにいる人と、今日の雰囲 気のせいかもしれない。なんていったって、今日はクリスマスイブだ。

「さっきの」
「ん?」

留まっているのも寒さが身に染みる、と歩き出した先で、長太郎が口を開いた。

「冬の星空って」
「ああ」

ここに着くまでにしていた会話を思い出して、宍戸は眉を上げた。
今日の日に、晴れて欲しいと思った理由。
宍戸はイルミネーションに背を向けたまま、かさ越しに空を見上げた。先ほどのツリーが印象的だっ たせいか、あれほど輝いて見えた通りの風景も、少しだけ色あせて見える。それでも漆黒の空よりは 優っていて、宍戸は小さく笑いを噛み殺した。
なんてことはない。この景色を見たかったのは本当だけれど、一番最後は、冬の空で締めくくりたい と、宍戸は思っていたのだ。
あの場所から、二人で空を見上げて。
現に、二人は何の言葉を交わすこともなく、その場所に足を向けている。煌びやかなイルミネーショ ンを背にして。
空だけが支配するその場所にあるのは、むやみに宝石箱をひっくり返したような地上と、それを静か に見つめる空ではなくて、どちらも夜に染まった、静かな静かな公園だった。

「どうせ、最後はあそこに寄ると思ってたからさ。聖夜くらい、綺麗な星空の下で祝いたかったんだ 」

あそこ、とはいつも二人で寄る公園だ。まだ学生の身であり、そうそう夜を外で過ごせる状況ではな い。学校や、遊びに行った帰りに、名残惜しくて別れるまでを公園で話して過ごすのは、すでに二人 に定着した習慣だ。
長太郎も、宍戸の言っている場所がすぐに分かったのか、口の端を持ち上げた。

「そうですね、あそこならきっとツリーにだって負けませんよ。だって天然のイルミネーションです もん」

二人しかいないから、余計に。
その言葉を、二人は同時に飲み込んだ。

「じゃぁ、来年は、クリスマスに星空を見に行きましょう」
「ホワイトクリスマスはもういいのか?」

分かっている答えを、悪戯っぽく返してみる。長太郎はくすりと笑って、今日した約束を引っ張り出 した。

「それはほら、いつかスキー場で」
「あぁ、なるほど」

だから、来年は晴れることを心から願って。

「鬼が、笑うな」

年を越えた約束は何かくすぐったくて、けれどやはり嬉しいから、宍戸は小さく笑った。
来年、自分達はどうしているか分からない。けれども、こうして二人でいれたらいいな、と声には出 さずに思った。
そんな宍戸を見ながら、長太郎はふと考えて、そして楽しそうに目を細めた。

「じゃぁきっと、これからは毎年笑われるでしょうね」
「え?」
「俺は、毎年この約束をするつもりですから」
「ばーか」

照れた顔を見られたくなくて、宍戸は長太郎を追い越すように前に出た。
目的地は、もう目の前だ。身体は大分冷えてしまったから、そこで缶のコーヒーでも飲めばいい。

「ちょ・・・まだ濡れますよっ」

慌てて差し出される傘。その間から見える雨は、そうそうに止み始めている。
それでも雲は晴れることはなくて、長太郎は心持残念そうな声を出した。

「あぁ、今年はやっぱり無理そうですね」

宍戸は、夜色に染まった地上と空を目に留めて、小さく呟いた。
どんよりとした雲の先に広がる星空は、来年こそはその姿を見せてくれるのだろう。控えめに灯され た街燈の光が、星空を映したように漆黒の瞳に光を灯した。

「来年も見るんだから、いいだろ」

来年だけじゃねーし。
最後の言葉は何だか恥ずかしくて、長太郎の目を見て言うことは出来なかった。心持ち小さくなった 声を、長太郎はしっかりと拾って、次いで嬉しそうに微笑んだ。





そして。





寒空の下、それは厳かに響き渡る。

「「メリークリスマス」」

カン、と軽い音を立ててコーヒーの缶を互いに合わせる。
今日初めて口にした言葉と共に、雪のように白い息がまだ見ぬ星空へと登っていった。























題名とはお話がかけ離れていますが・・・。元々、何も考えないでつけた題なのです。
ラブラブに見えるといいなぁ。
黒い背景だったり、題名がこんなのなので、読む前に誤解されそうだ・・・(汗)

H17.12.24up








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